しるべえの日記
***私の店での一日
2010年1月***

129日(金) 刑事裁判とは、その事案に、関わった人達の心情などいろんな解釈の仕方を、かんがみながら法に照らし合わせて、二者択一を、求めるものなんだなと、身近な事案に、関わっていっそう感じました。これで、裁判員に、選ばれても、OKかな。

128日(木) 発想の転換。なかなかできそうで、できないもどかしさ。そんなときは、色んなジャンルの本乱読。(私の場合ですけど)そんな訳か、アマゾンの関連取り寄せ情報メールには、関連読本データー化されてきてません。 

127日(水) お金は人、ふりまわすけど、幸せにもする。こんな問いに、考えさせられた日でした。

126日(火) 裁判所、調停における人間模様など、お話聞きながら、身の丈しらずの人達、いかに多いか、愕然。世知辛い世の中に、なってきた感じしました。

125日(月) この時期、根菜料理の献立巷では、目白押し。私の幼少時期は、食傷気味でしたが、今では医食同源の定番料理となり、アレンジがきいておしゃれになりました。不変的なものと、応用。どんな世界でも、普遍だなと、おもいました。

122日(金) よくお客さんから、美味しいお店紹介されます。できるだけ訪れるようにしてますが、つい個人店だと、悩みの相談室に変わったり、仕事談義になったりと、することがしばしば。若い世代からエネルギーもらう歳に、なりました。逆に、与えるとしたら、味の深み醸し出すとらえかたかな。   

121日(木) 私の身のまわりでは、入院やら、事故など、不幸続きの話ばかり。励ましの言葉が、自己の鼓舞に、なりがちな、日々です。

120日(水) 同世代のうどん店営むR氏と談義。こだわりもって仕事しても、その値打ち価格に押されて、わかってもらえない客おおくなってきたと、このことに関しては、同感しました。相対的な値打ちより今の御時世、多くの人達は、昼ごはん安くすませたいのが、現実でしょう。資本力ない個人商店では、毎日バーゲンは、できませんし、店のかじ取りが難しいところです。個人店の悩みは、みな共通してます。

119日(火) 今日は、穏やかな日和。お琴の師匠と、祇園談義。行ったことないので、裏側からみた、今昔、舞子話など、勉強なりました。

118日(月) [損して得取れ]といったら損しても、ただでは済まさないというような解釈されてますが、[損して徳取れ] 経済的に損失しても、商人として徳行積めということが、ほんらいの、言い回しで、銭勘定に変えられぬ無形の財産、商人として、おおきな修行、徳行積むということ、それが、バブルのころから失われてきたと、お聞きしました。財産は、作れないけど、人[弟子]を、作っていくことが我が身の分かな。

1月15日(金) 風土の味は人の味の談義から、昆布ひとつとっても、東京は、塩昆布、関西はとろろ昆布、おぼろ昆布というように、東西の文化違うと好みも違ってくる、しかし人間の味をみいだすということについては、好み関係なくするどく確かなものつちかっていきたいものです。特に関西は素の味が好む土地柄だけに。

114日(木) 雪が、ちらほらと。都会の雪は、今日の御時世のごとく、どんよりと重く、世知辛い冬の絵空。風情を楽しむ元気な社会にならなければ。

113() 恩恵と情。情は、困難なときに、起こりえることが、多いので、忘れ得にくいですが、恩は生活していくうえで、衣、食 住にかかわる人たちの恩、すなわち恩恵受けて生かされてます。まして言葉によって、励まされたりしたことなどは、忘れがちです。目にみえない恩恵ほど忘れないようにするのが、人生だなと、昼から熱い談義しました。

112() 年も重ねてきた今日、よく相談事されます。話が通じない相手と、思われないキャラなのか、知ってると鼻から思いこんで、はなされるときには、わたくしの勉強不足感じえません。食べ物屋なのか、ケアセンターなのか、戸惑いますが、ちょっとでも、背中押せれたらいいかなと、思いました。

18() ぶれない気持ちが、〈継続こそ力なり〉そんな話し、しました。一つのところでいっしょう懸命物事に当たり、外の世界へチャレンジしながら、日々努力する。そんな人物の一人が身近では、松原の西田君だなと、髣髴しました。

17() 大手企業監査役員のお客様から、金融に、関わる呪縛の仕組み、マスコミ報道の変わり身の早さなどに、翻弄され奮闘したことなど、会社にたいする熱い思い、理想をもって、先を見据える幕末の志士のような、ドラマチックなお話しお聞きしました。(信頼もろくもあり強くもあり) 考えさせられました。

0106() あけましておめでとうございます。

今日から仕事始め。今年6月で丸30年むかえます。最初は[1980]兵庫県尼崎JR立花駅近辺で開店。朝4時から弁当材料買い出し、調理、配達、弁当箱回収、夕方jから夜の部開店24時まで営業。こんな日々が、9年続きこのときのお客さんが、[TB,グリコ勤務]いまでも、店よってくれてます。ありがたいことです。

自分の技術向上めざして、大阪北区西天満に再度開店。昼のランチが、評判になり、テレビ局、弁護士事務所などに、出前するようになり、その時元関テレP横さんと出合い局の番組ロケ弁、スポーツ中継、タレント用弁当などてがけるようになり、勉強させてもらった9年間でした。また弁護士、検事、裁判官という職業の人達個人的に知りえたのも、西天満の店でした。

次に、カウンターだけの店が、続いたので、コース料理と、真空調理確立したくて、また同地区南森町に、移転。その当時画期的なコース料理として、色んなマスコミに、取り上げられて、専門誌などにも、献立掲載されたりしました。また、社会面を賑わす訴訟の弁護団が、店使ってくれるようになり、法曹界というものが、身近に感じられた日々でした。

大体10年周期で、自分の目指す仕事の向上を努めてきた、本年は、最終章として、原点に返りカウンターを主とした、店つくりにと、考えています。店変わる節目、節目に、良き人との出会いがあって、鍛えられた私の、仕事の最終形になる元年めざして、精進します。